東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3506号 判決 1991年3月28日
控訴人 前沢輝政
右訴訟代理人弁護士 淵上貫之
同 鈴木国夫
被控訴人 医療法人 孝栄会
右代表者理事 前沢完次郎
右訴訟代理人弁護士 大高満範
同 太田治夫
同 坂本兆史
同 井ノ上正男
右訴訟復代理人弁護士 大田黒昔生
同 辻雅子
主文
一、本件訴えを却下する。
二、当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、控訴人
1. 控訴人が、被控訴人の出資総額につき八・五二パーセントの持分を有する社員であることを確認する(当審で交換的に訴えを変更)。
2. 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
1. 本案前の答弁
主文第一項と同旨
2. 本案の答弁
控訴人の請求を棄却する。
3. 訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 被控訴人は、栃木県足利市福居町一二一〇番地において前沢病院を開設している社団たる医療法人である。
2.(一) 被控訴人の設立時の社員は、前沢ウラ、その長男の控訴人、二男の前沢孝衛、三男の前沢完次郎であった。
また、被控訴人の設立に際しての出資総額は六一四万八八〇一円であり、ウラにおいて一〇万円(出資割合一・六パーセント)、控訴人において五〇万円(同八・二パーセント)、孝衛において五四四万八八〇一円(同八八・六パーセント)、完次郎において一〇万円(同一・六パーセント)をそれぞれ出資したものである。
(二) 前沢ウラは、昭和四六年八月六日死亡し、その子である控訴人、孝衛、完次郎、浅宮サク及び角野君枝がそれぞれ〇・三二パーセントの割合で同人の前記一・六パーセントの持分を相続した。
(三) なお、孝衛は、昭和五四年一〇月二六日死亡し、完次郎において孝衛の全持分を相続している。
(四) したがって、控訴人の現在の持分は八・五二パーセントである。
3. ところが、被控訴人は控訴人が前記持分を有することを争っている。
よって、控訴人は、被控訴人の八・五二パーセントの持分を有する社員であることの確認を求める。
二、被控訴人の本案前の主張
1. 八・五二パーセントの出資持分確認について
非営利法人である医療法人においては、出資の有無に関係なく、定款に定められた方式に従って社員となることができるのであり、出資したか否か、あるいは出資額が幾らであるかによって、社員総会における議決権等のいわゆる社員権に相違が生じるものではない。したがって、医療法人においては、社員はいずれも平等であるので、社員たる地位を有している以上、その社員の出資の有無、多寡は、同人の法的地位に何ら影響を及ぼすものではない。
被控訴人の社員についても右法理はそのまま該当する。被控訴人の社員にとって、その出資の有無及びその額如何が問題となるのは、わずかに「退社した社員はその出資額に応じて払戻を請求することが出来る。」(定款第八条)が適用される場面のみである。したがって、控訴人が退社し、具体的に出資額に応じた払戻しを請求する権利が発生した時点において、初めて、その出資の有無ないしは出資額を争えば足り、右請求権が発生していない現時点において潜在的な出資額の確認を求めることは、控訴人に何らの法律上の利益をもたらすものではない。
2. 社員権の確認について
本件訴えを、控訴人が被控訴人の社員であることの確認を求めるものと解しても、被控訴人は、控訴人が被控訴人の社員であることは、本件訴訟の当初から認めており、何ら争っていないのであるから確認の利益を欠くものである。
三、請求原因に対する答弁
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実について
(一)のうち、被控訴人の設立時の社員がウラ、控訴人、孝衛、完次郎であったこと、被控訴人の設立に際しての出資総額が六一四万八八〇一円であったことは認めるが、その余は否認する。右出資は、すべて孝衛がしたものであって、その余の社員は全く何らの出資もせずに、ただ形式的に名を連ねただけにすぎない。すなわち、右出資総額は、昭和四二年四月一日現在の資産と負債の差額にほかならず、結局のところ、被控訴人の前身である前沢病院の財産を引き継いだものであって、控訴人、ウラ及び完次郎の出資というのは、出資者が複数であるという体裁を整えるためだけの数字の操作をしたものにすぎない。
(二)のうち、ウラが控訴人主張の日に死亡したこと、控訴人らがウラの子であることは認め、その余は否認する。
(三)は認める。
(四)の主張は争う。
3. 同3のうち、被控訴人において控訴人が被控訴人の出資持分を有していることを争っている事実は認めるが、その余は否認する。被控訴人は、控訴人が被控訴人の社員であることは全く争っていない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、控訴人の当審における新請求にかかる本件訴えは、不適法であると判断する。その理由は、次のとおりである。
1. 被控訴人が社団たる医療法人であり、控訴人がその社員であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証によると、被控訴人の定款第八条には「退社した社員はその出資額に応じて払戻を請求することが出来る。」と規定されていることが認められる。
2. 確認の訴えは原則として現在における法律関係の存否を目的とするものに限って許されるのであり、ある法律関係が将来成立するか否かについて現に問題となっており将来争訟が発生する可能性がある場合にあっても、現実に争訟の発生した時点において現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起することを認めれば足りるものであるから、将来における法律関係の成否はこれを確認の対象とすることは許されないと解される。
本件において、被控訴人は社団たる医療法人であるところ、医療法六八条によって準用される民法六五条の規定によると、定款に別段の定めのない限り社員の表決権は平等とされているが、被控訴人の定款にこの点につき特別の規定はない。そのほか、社員の出資を前提とし、あるいはその額によって社員の権利関係に差異を設けた規定は医療法、民法にも被控訴人の定款にも存しない。むしろ、医療法は社員たる資格として出資することを必要的なものとしておらず(四四条二項七号)(被控訴人の定款第五条においても、総会の承認を要件とするのみである。)、会社におけるような出資一口の金額(有限会社法六条等)あるいは株式の数、一株の金額(商法一六六条等)等についての定めはなく、むしろ剰余金配当の禁止(医療法五四条)の定めが設けられているなど、医療法人は営利法人ではなく公益を目的とする事業を行う法人であると解されるから、医療法人の社員は、公益社団法人における社員と同様に、当該法人の財産に対する何らの権利も有しておらず、社員総会における表決権を有するにすぎないと解するのが相当である。そうすると、控訴人主張の持分は存しないといわざるを得ない。もっとも、前記認定のとおり定款第八条により、被控訴人の社員は、退社に際し出資額に応じ払戻しを受けられることになっているので、控訴人の出資額の有無、その額によって控訴人の受けられる払戻しの額等に差異の生ずる可能性がある。しかし、現時点においては、控訴人は被控訴人を退社したとの主張をしておらず、当審における新請求も控訴人が現在も被控訴人の社員であることを前提としているものであるから、控訴人の請求は将来控訴人が被控訴人を退社した場合において発生するか否か、その額如何が問題となり得る出資払戻し請求に基づく法律関係の確定を求めるものに帰着する。そして、右のような将来の法律関係の確認を求める訴えが訴訟上許されないことは前説示のとおりであるから、本件確認の訴えはその主張するところ自体において不適法として却下を免れない。
3. なお、仮に本件訴えの趣旨を控訴人が被控訴人の社員たる地位を有することの確認を求めるものと理解しても、本件記録によれば、被控訴人は控訴人がその社員であること自体は本件訴訟の当初から全く争っておらず、これを認めていることが明らかであるから、確認の利益を欠くものといわざるを得ない。
二、よって本件訴えは訴えの利益を欠くものであり不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 赤塚信雄 桐ヶ谷敬三)